携帯電話料金と官製値下げについて思うことを書いてみる。 これもツイートのまとめだが。先に隙あらば自分語りを行うためご了承願いたい。
まず、いつからか「平等に貧しくなる」をよく耳にするようになり、個人的にはそれに反対する意見を目にすることが多くなった。
まずは「平等に豊かになる」について考えてみた。
高専時代、ある講義の平均点が低すぎるという理由で試験の再試があった。
1回目の試験で59点の人が再試で60点以上になれば単位が貰える。 1回目と2回目の試験で高い方を採用するという感じだったように記憶しているため、点数が下がることはない。 これは平等に豊かになったと言えるのか?
前者から見るとラッキーなのかもしれないが、そうでない人から見れば不平等となる可能性があるのは確かだ。 試験の結果が成績、ひいては将来に繋がる。その1点、数点で行きたい就職先に行けなくなる可能性もある。 競争はこのようなところで、いくらでも起こっているはずだ。 私個人は周りの点数が上がることで文句を言ったことはないが、当時からそのようなことは考えていた。
「平等」になったときの上げ幅、下げ幅で『ラッキー』、『残念』という感情を持ってしまう。 それなら、今まで恵まれていなかった人が『ラッキー』になるであろう「平等に貧しくなる」の方が良い気がする。
そういった考えから出てきたのが下のツイート。
「平等に貧しく」を否定しようとすると、本質的には「コスパの悪いものを買って生活しよう」と同じものになってしまうのでは
— ODEN (@oden_denchan) 2021年5月24日
何をもってコスパとするかは難しいかもしれないが、例えば「100円均一に売っているものと全く同じものを1万円で買ったほうが良いよね!」とはならない気がする。
本当にデフレが全てをダメにしたというのなら、『価格.com 使わないでね!』『一番高いもの買うようにしてね!』とでも言えばいいのだろうか?
そして次のツイート。『物を買うより募金した方が、相手の利益率的には高くなるよね』と考えた。
奨学金を募金に使ってくださいとも言えんし
— ODEN (@oden_denchan) 2021年5月24日
綺麗事はあまり言いたくないため、奨学金を使って学びの機会を得た者がそのお金を募金に使う必要があるだろうかという単純な疑問が湧いた。
次が本エントリの題名に直結するツイート (アホなので導入部分が長すぎる)。
「平等に貧しく」って、政治圧力での値下げはその最たる例じゃない?既にやってますやんと
— ODEN (@oden_denchan) 2021年5月24日
20GB 以上で月額3,000円前後の料金プランが出てきたことによって、ユーザは『ラッキー』、通信事業者は『残念』となったに違いない。 今まで恵まれていなかった (高い料金を払っていた) ユーザが『ラッキー』となったため、これは「平等に貧しくなった」のではないか?
通信料金を安く抑えた人にはこれまで MVNO という選択肢があったはずだ。 この新プランも MVNO もサポートはオンラインが基本である (先行の楽天モバイル、ahamo の有料店頭サポートは除く)。
ユーザ1人あたりの収入が減ることは指摘されており、実際決算説明でも言われてた気がする。これがデフレなのでは?今後きちんと数字出して説明します。
「既に平等に貧しくなりつつあるから、それをさらに進めるために値下げ圧力かけました」とか言ってくれれば納得するのに。 失われた何十年か知らないが、その動きはまだまだ止まるところを知らないのではないか。
それなら、外国の倍高いとも言われる電気代も官製値下げ頼んます。
「海外の電気代に比べて日本は倍高い」
— ODEN (@oden_denchan) 2021年5月19日
これは菅総理動きます (動いてください) #WBS
電力容量市場、国民負担1.6兆円 当初想定の1.5倍(朝日新聞デジタル)#Yahooニュースhttps://t.co/VOSAPAOuqe
— ODEN (@oden_denchan) 2020年9月28日
???「電気代4割値下げを要求!!!」